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【レポート】MUSICAL『ルードヴィヒ ~Beethoven The Piano~』

©MUSICAL「ルードヴィヒ~Beethoven The Piano~」製作委員会/岩田えり

MUSICAL『ルードヴィヒ ~Beethoven The Piano~』が、10月29日、東京芸術劇場プレイハウスで開幕し、初日に先駆けて公開ゲネプロが行われた。

韓国で誕生した本作は、日本でも上演された『SMOKE』『インタビュー』『BLUE RAIN』の作・演出家 チュ・ジョンファが手掛けたミュージカル。誰もが知る天才音楽家・べートーベン(ルードヴィヒ)の、聴力を失っても音楽への情熱を注ぎ込んだ生涯、彼を取り巻く人物たちとの愛憎を、ベートーベンの楽曲とオリジナル曲で描いていく。
日本版では、上演台本・演出を河原雅彦が、訳詞を森 雪之丞が務める。

【STORY】
残り少ない人生を前に書かれたベートーベンの1通の手紙。そして、その手紙が一人の女性の元へ届く。聴力を失い絶望の中、青年ルードヴィヒが死と向き合っていたまさにその夜。吹きすさぶ嵐の音と共に見知らぬ女性マリーが幼い少年ウォルターを連れて現れる。

マリーは全てが終わったと思っていた彼に、また別の世界の扉を開けて去っていく。新しい世界で、新たな出会いに向き合おうとするルードヴィヒ。しかしこの全ては、また新たな悲劇の始まりになるが…。

 

天井から吊るされた、鍵盤の階段のようなオブジェが印象的な舞台美術にまず目を奪われる。グランドピアノが中央に置かれ、下手側には奏者たちが見える形で演奏をする。シンプルだけれど、だからこそいろんな表情が見られそうな舞台空間を面白く感じた。
事前にあまり情報を入れなかったこともあり、「この物語が何を描き、どう着地するのか」をスリリングに、行く末を追いかけるように観た。

©MUSICAL「ルードヴィヒ~Beethoven The Piano~」製作委員会/岩田えり


だんだん耳が聴こえなくなっていくルードヴィヒ(=べートーベン)を、中村倫也が不安と焦燥感、憤りを爆発させながら演じる姿に引き込まれる。耳に異変を感じる場面では、照明を巧みに使い、キーーンと張り詰めたような耳障りな音で、ルードヴィヒだけでなく、視覚的・聴覚的にも観客に体感させるような演出が新鮮。感情の起伏が激しく、絶望感に苛まれるルードヴィヒを演じる中村の熱量に圧倒される場面も多く、観るものにもエネルギーを消費させられるようなところがあった。ストレートに心に届く、安定した歌唱は聴きごたえがあり、その歌声にも惹きつけられた。

©MUSICAL「ルードヴィヒ~Beethoven The Piano~」製作委員会/岩田えり

もう一人のルードヴィヒ、ルードヴィヒの父親、甥のカールなどさまざまな役を演じる福士誠治は見事な演じ分けを見せ、八面六臂の活躍ぶり。とくに中村との芝居のぶつかり合いや歌の掛け合いは、見どころ、聴きどころと言っていいだろう。ルードヴィヒが父親から受けた教育を、カールにも無意識にしてしまうことで起きる衝突やすれ違い、カールが抱える苦悩は観ていて切なく、胸に迫るものがある。

 

©MUSICAL「ルードヴィヒ~Beethoven The Piano~」製作委員会/岩田えり

ルードヴィヒの人生に影響を与える建築家志望の女性・マリーを演じる木下晴香は、その伸びやかな歌声で作品を彩り、光を与える。マリーは、かなり現代的なキャラクターに造形されており、「やれることは全部やってみる」と、自分に限界を決めない女性。マリーの台詞のあちこちに、今を生きる女性たちへのエールになるような言葉がたくさん散りばめられているので、ぜひそこにも注目してみてほしい。役柄的にも(そして男装姿も)新たな一面を開花させていた。

 

©MUSICAL「ルードヴィヒ~Beethoven The Piano~」製作委員会/岩田えり

©MUSICAL「ルードヴィヒ~Beethoven The Piano~」製作委員会/岩田えり


近年、“ベートーベン”の生涯を描いた舞台を何作か観ているが、そのどれも焦点の当て方やメッセージ性が違っていて面白い。音楽家にとって命ともいえる聴力を失う、その悲劇と運命の受容は、作り手にとって心を揺さぶられるテーマなのかもしれない。
『ルードヴィヒ ~Beethoven The Piano~』は、決してわかりやすく描かれているわけではないだけに、観る人によって受け止め方はさまざまだろう。観終わったあとの余韻も含め、“何が”描かれていたのか、観たもの同士で語り合いたくなる作品だ。

 

musical-ludwig.jp

〔text:Kaho Furuuchi〕